概要

責任者ご挨拶

日本の未来にとって、エネルギー問題の解決は最重要課題の一つです。エネルギー自給率が低く、さらに化石エネルギー依存率が高い我が国では、エネルギーを「つくり」「蓄え」「うまく利用する」技術開発がますます注目されています。そんな中、ポスト「京」開発事業の重点課題5として、私たちが提案した「エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発」が採択されました。

現在、重点課題5では、太陽電池や燃料電池の低コスト・高性能化のほか、太陽光で水から水素を取り出す人工光合成や、日本近海の海底下に豊富にあるメタンハイドレートからメタンを回収するといった、世界に先駆けた未来のエネルギー技術開発にも取り組んでいます。これらの研究では、従来の実験では見ることができない原子・分子・電子のミクロなふるまいが技術の中心的な役割を担っているため、ポスト「京」による計算科学の支援が不可欠となっています。

重点課題5の社会的意義は、ポスト「京」を駆使し、原子・分子・電子レベルでの複雑な現象のシミュレーションが可能になることで、低コストで高効率、環境にやさしく持続可能なエネルギー新規基盤技術を確立することです。さらに、巨大計算によって科学的なブレークスルーを達成し、これまでにない新しい物理化学分野の確立を目指すという科学的意義も持っています。

世界規模での開発競争が激化するエネルギー分野で、日本は、現在トップを走っているアメリカと肩を並べるレベルにあります。その中でも本課題は、企業や他の大型国家プロジェクト、大型実験施設などとも強力に連携し、オールジャパンで課題の解決を目指すというユニークな体制で取り組んでいます。

日本の未来のために、そして物理化学の発展のために。本課題の成功に向けて、ぜひともみなさまのご支援をいただきますようお願い申し上げます。

課題責任者:岡崎 進
自然科学研究機構分子科学研究所/名古屋大学

エネルギーと計算科学

エネルギーと聞いて思い浮かぶのは、発電所ではないでしょうか。既存の発電所は、石炭や核燃料が燃やしてできた水蒸気でタービンを回したり、自然の風で風車を回したりしてエネルギーができるという方式です。重点課題5で取り組んでいるのは、それらとはまったく違い、エネルギーを生み出すプロセスを原子・分子が担う技術です。

サブ課題Aで扱っている太陽光エネルギーでいうと、太陽電池の中で光が当たると電気を生み出す「電化分離」という仕組みは電子のふるまいです。人口光合成で、光が物質に当たった時に起こる化学反応も原子・分子の世界です。これまで多くの研究者が実験を行ってきましたが、分子や原子、電子のふるまいがどうなっているのかは見ることができませんでした。

それが、計算によって動きを見ることができるのです。計算科学は今や理論と実験に次ぐ第3の研究手法で、近年ますます重要視されつつある分野です。特に化学では、実験からは見えない分子ひとつひとつの動きや分子集団の構造などが、スーパーコンピュータを使って計算することで、手に取るように見えてきます。

計算によって実験では見えないことが見え、実験ではできない解析ができると、さらに新しい実験のアイデアもわき、エネルギー開発の指針ができてきます。そのために、まずは分子や原子、電子のメカニズムを明らかにするというのが、重点課題5の一番大きな目標です。

なぜポスト「京」か?

重点課題5の研究には、実験では見ることがかなわない分子・原子・電子のふるまいを見ることが欠かせないため、これまでよりもはるかに「大規模」かつ「高精度な」計算が必要です。

規模については、重点課題5で注目しているのが複雑な系であることが理由です。たとえば、燃料電池の研究では、これまでは「京」で1,000万ほどの原子を計算していましたが、重点課題5では1億~10億個の原子を取り扱う必要があります。だから、より大きな系を扱える計算機が必要なのです。

精度については、重点課題5で取り扱う現象が非常に精密だからです。たとえば、人口光合成のシミュレーションには1020もの配置からなる励起状態の計算が必要です。それだけの励起状態を取り込まないと、電子のふるまいを追っていけないのです。これは、並の精度の計算機ではできません。

ポスト「京」の実現により、顕微鏡で見ることのできない分子・原子レベルの解析などが可能になります。また、実験回数や開発にかかる期間・コストを削減し、より精密な結果を得ることも可能になります。こうして、これまでにあった実験・観測・コスト・精度・信頼性といったさまざまな「限界の突破」が実現します。その先にあるのは、まだ誰も踏み込んだことがない、新しいサイエンスの宝庫。人間が初めて出会う新しい現象がたくさんある、新しい世界が開けるものと期待しています。

コデザインの考え方

ポスト「京」の実現に向けて、システムアーキテクチャ、システムソフトウェア等とアプリケ-ションの協調設計(コデザイン)を行っています。これは、ポスト「京」開発主体と、私たち重点課題の実施機関が共同して、お互いに機能や評価結果等についてのフィードバックを行いながら設計開発を同時に進める形で行っています。

その目的は、ハードウェア開発者とアプリケーション開発者が連携・協⼒してコデザインを推進することで、国際的な競争⼒のあるシステムを実現することです。そして、幅広いアプリケーションを⾼速かつ効率的に実⾏できるシステムアーキテクチャ、システムソフトウェア等を開発するとともに、これらの性能を最⼤限に引き出せるアプリケーションを開発することが狙いです。

このコデザインによって、戦略的にポスト「京」を活用し、より早く、より大きな、世界をリードする成果を出すことを目指しています。

産業との連携や協力プロジェクト

重点課題5は、計算科学者が個々に研究を進めるのではなく、実験研究者や産業界と強力な連携体制をとっています。多くの企業や、SPring-8やJ-PARCといった世界最先端の研究を行っている大型実験施設、他の大型国家プロジェクト、大学をはじめとする国内外の研究機関と共同研究を行っています。たとえば、ある大学の先生がリチウム電池に関する実験で新しい発見をしたという情報を得ると、すぐに共同研究を開始し、仕組みの解明に至った事例もあります。また、産学連携プロジェクトでは毎年一回テーマを設けたシンポジウムを開催し、私たちも民間企業も発表を行っています。このようにスピード感を持って積極的に共同研究を行い、一丸となって課題解決を目指しています。

研究の先にある未来とは

近い将来、計算が実験にとって代わる時代がくるでしょう。計算によって実験では不可能な精密な分析や合成が可能になり、さらの新しい実験ができるようになっていく。このプロジェクトで目指していることが、おそらく、将来の研究開発の形になるでしょう。

その結果、エネルギー分野では、重点課題5のプロジェクトの成果として、計算科学によって初めて実現した電気自動車や太陽電池などの新しい技術が活用されている未来。これが、私たちがぜひ実現したいと願っていることです。

重点課題5は、非常に大きな成果を得る可能性を秘めた、とても野心的でチャレンジングな研究分野です。参加している研究者は、一般的な研究者には使うことができない計算機環境が得られ、その分野では世界でほんの数人しかトライすることのできない計算をするチャンスに恵まれています。だから、インパクトの大きい研究ができるのです。

まだ始まったばかりで成功例の少ない分野ですが、このプロジェクトなら思う存分に力を発揮することができます。ポストドクターのみなさんにも、このプロジェクトに積極的に参加していただけることを願っています。